丸子地移動動物園の備忘録

どっこい生きてるフリーランス-東京で活動するグラフィックデザイナー『丸子地移動動物園』のブログ

セツモードセミナーの思い出

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ビル・カニンガムの映画の話を書いていたら、セツモードセミナーに居た頃の事を思い出した。
丁度、本当に久しぶりに、セツ時代の友達からメールをもらった事もあった。仕事の話だけど。
彼女はすでに結婚して母になっていた。卒業してから随分と月日が経ったものだ。

俺がセツに入ったのは、大学を卒業してから暫くの事。イラストやデザインの仕事がしたくて、就職せずに、出力センターのデリバリーのバイトをしていた。当時、四谷三丁目は沢山のデザイン事務所と、沢山の出力センターがあった。俺はそこで、自転車で配達をしながら、空き時間にMacの勉強をしていた。

雑誌「イラストレーション」でセツの事を知り、すぐに申し込んだ。当時セツはくじ引きで入校できるかどうかだった(笑)
前日、俺は友達との麻雀に大負けして安心し(前日にひどい目にあうと、翌日良い事があるというジンクスがあった)、見事当たって入校したのだった。

セツは変わった学校だった。1年次前期に石膏デッサンがあるが、後はひたすらクロッキーとタブロー。クロッキーは着用とヌードがあり、3階ある部屋にモデルがそれぞれいて、好きに移動して描ける。描く時間は10分くらい。週3授業があって、月に数回タブローの日がある。タブローは水彩画で、授業の最後に皆張り出して、長沢節先生が1つずつ評価をする。
それ以外に基本的に指導はしてくれない。ひたすら描く。そして、評価される。

長沢節先生は飄々としている方だった。当時、おじいさんと行って良い年齢だったが、生徒に混じってクロッキーをし、たまにお気に入りの生徒にちょっかいを出して(笑)ふいと居なくなる。いつも帽子を被って、靴はパトリックのスニーカーだったと思う。さらさらと短時間で描くクロッキーは素晴らしかった。そして、いつも自然体。

セツに居る人は良くも悪くも大体セツ的になっていく。セツイズムという感じか。元々そういった素養がある人が入るってのもあるのかもしれない。俺は方向性的になかなかなじめなくて、タブローの評価でAをもらえる事が無かった。
夏前に合宿があって、その前のタブローでやっと節先生から「A!」をもらった。それが最後になるとは思わなかった。

その年の合宿、俺は仕事を変えていて、泊まりでは参加しなかった。遅れて参加して、漁港でタブローを描いた。
何故か他の先生が慌ただしく動き回っているのを覚えている。
うだるような暑さで、ぐったりしながら合宿から戻った。

数日たった時だった。何故か目が覚めて4時くらいかに着た朝刊をすぐに取った。
そこに節先生の訃報が載っていた。亡くなったのは合宿の時だったらしい。自転車での移動中、転倒したとの事だった。

セツは暫くの間、休みになり学校で簡単なお別れ会が行われた。
お別れ会に行くと、同輩が参列していた。
同輩はその合宿の日に、節先生と宿が一緒になった人がいて、一緒にご飯を食べたそうだ。宿で出た普通のハムカツを美味しいといいながら食べていたという話が、何故か印象に残った。

お別れ会が行われてから、学校は再開したが、俺はあまり行く気にはなれなかった。新しい仕事が忙しいという事もあったが、節先生の居ないセツというのが、考えにくかったからだ。

暫くして同輩から「どうしてるの?」との連絡があり、通う様になった。やはりちゃんと卒業はしておきたかった。

節先生の居ない学校は、なんだか主人の居ないホテルの様だった。人も以前より減った様な気もする。

先生が居なくても、セツっぽさは残る。逆に空気は色濃くなった様な気がした。
やはりその空気に馴染めない俺ではあったが(決定的に画風が違うので)なんとか卒業制作で落ちる事はなく、無事に卒業した。

セツは卒業後もOBとして残る事が出来る。クロッキーがやりたかったので、お金は払ったが、仕事がかなり忙しくなったのもあり、結局あまり行かなかった。

今思えば当時の俺は思い込みで力がこもり過ぎていた感じはある。自然体からは程遠かったんだろうな(笑)
ただ、今、グラフィックデザインや、アパレルで仕事をしているのは、当時の影響があるからだろう。

大学までの友人は、俺がアパレルで仕事をしているなんて、想像もつかないらしいし(笑)

何も教わってはいないけど、なんだか不思議な影響力のある学校…

だったんだろうな、俺にとっては。


2 Comments

  1. 突然、すいません。吉江と申します。
    先日、セツモードセミナーに六年在籍された方と偶然、話す機会があり、映画やプロレスの話で大変盛り上がり、そのまま別れました。
    私がカフェでボーっとしていたところ、すいませんと話しかけられたのですが、全然気がつかない間に私の全体像をデッサンしていました。
    その方に開眼されたような形なんですが、そのホソイさんという方のことご存知ありませんか?40代くらいのネクタイデザイナーの方です。
    ストーカーではありません。またアート系に目覚めさせてくれたお礼がしたいのです。勝手なお願い申し訳ありません。

    • コメントありがとうございます。
      すみません、お問い合わせの方は心当たりがありませんー。俺が卒業したのは結構前なので。
      毎年かなりの人数の方が卒業してますし、授業も3回に別れているので、セツに関わってる人って意外に居そうですからね。
      その方との出会いで、アートに目覚めたっていいですね。セツに通ってみてもいいかもしれませんよー。面白い人がいっぱい居ますので(笑)
      最初は絵が描けない人とかも居ましたから。何を教えてくれるわけでも無いのですが、独特な雰囲気が面白いですよ、セツ。

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