丸子地移動動物園の備忘録

どっこい生きてるフリーランス-東京で活動するグラフィックデザイナー『丸子地移動動物園』のブログ

外的人格なFacebookの罠

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外的人格なFacebookの罠

俺らぐらい(30代から40代)はやたらとFacebookをやりたがる。何から何までFacebook。まるで、ツールとして使っていない事が罪の様に。

俺が始めたのは、仕事上管理しなければならない「Facebookページ」が、あるから。それはそれとして使ってはいるので、個人とは切り分けているつもりだ。

Facebookをビジネスで使用するには、その辺り、気を配る必要性があると思うのだ。広報のツールとして使っている人もいるが、どーもその辺を切り替えていないかんじの人が多い。

仕事として関わったからには、「私がやりました!」の様な報告がしたい気持ちは分かる。だが、その報告をしてからしばらくして、個人的な悩みなどをタイムラインに書いていると、その関わった「仕事」自体の印象も悪くなる

仕事のジャンルによっては、その人が関わってること自体、イメージダウンになってしまう事もある。影に徹するなら徹底しないといけないのに表に出てしまう。

最終的には、その「仕事」の告知なのか、その人「自身」の宣伝なのかが分からなくなってしまう。だから告知内容が印象に残らない。前面に出るべき人でない人が出ているからだ。

安易にフォロワーを増やすと、安易な「いいね!」が多発する。Facebookの罠は、全く面識のない人からではなく、それなりに繋がりのある人からの「いいね!」である事なのだ。

「いいね!」をしている人は、読まずに押している場合もある。いわば付き合いだ。だから思っているほど効果はないのに、「いいね!」ばかりがたまる。その結果、効果が無いものでも満足してしまう。

ネットでの知り合いは実売には関係ない場合が多い。いくら「いいね!」が沢山付いていても、付き合いで押されているだけならば、その数になんの意味があるのか?まさに「どうでもいいね!」だ。

思いの外効果が無い人は、その辺を見直した方がいい。仕事なら仕事。徹底して仕事人格を演じる。プライベートで使うのなら、無闇に人を増やさず、広告的な事はつぶやかない。

広告と報告は違うのだ。個人的で、広告的なつぶやきが多いと、その人自体がとても薄っぺらい印象になってしまう。ネットではネットの外的人格がある。仕事でそれを利用するならば、コントロールする必要があるのだろう。


2 Comments

  1. 私もFacebookやっていますが、ちょっと半端になっていたかも。
    役割を見直したほうがいいかもしれないと感じました。
    とても参考になりました。ありがとうございました。

    • FBは丸裸な人とかいますよね。仕事上の立場とか考えてやらないと色々と問題が起こりますよね。顔写真にも勝手にタグつけられたりしますしねえ…

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