丸子地移動動物園の備忘録

どっこい生きてるフリーランス-東京で活動するグラフィックデザイナー『丸子地移動動物園』のブログ

電子書籍と本について思っている事

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『舟を編む』を読んでなんとなく自分の中で、本に対する考え方の整理が出来たので、まとめ書き。

電子書籍が一般化した事により、俺はなんとなーく電子書籍でいいかな?と思っていた。家は本と漫画の山なので、整理するのが面倒くさい。売りに行くのも結構面倒くさいので、段ボールにたまる一方なんだよねえ。

そんな感じで、もー全部の本が電子書籍でいいよ、とか一時期思っていたが、どーもそうゆう訳でもない気がしてきた。

単行本は単行本の価値がある…というか意味があるんだよね。

最近買った『舟を編む』は、ブックカバーにも意味があって、読後にその本を手にすると「あー、完成したんだなー」と言った体感的な充実感があった。出来上がった辞書を手に取った感じ。疑似体験ともいうものか?そういった仕掛けが本をより印象深いものにしてくれる。

忙しい時期に買ったのでまだ読んでいないんだけど『abさんご』もそうだよな。横書きでひらがな。電子書籍だとフォーマットが基本的に英語なので、横書きなのも珍しくないんだけど、本でそれをやられると非常に読むのが手間。短編集だから他の話は縦書きなので、右綴じ。だから両方から読んで行く必要があったりするわけだ。本当に手間。でも、その手間になんとなーく意図が感じられて、それがまた味になったりするんだよね。これが電子書籍だとバシバシ叩いてページをめくる訳だからどうにもそういった心に引っかかる煩わしさがない。

作者がどのくらい表装に携わっているのか分からないけど、その本に携わってる人達が「この本はこうあるべきだ」と世の中に出した形が最初の単行本なら、最も作品の意味を体現しているのは単行本なのだろう。ま、途中でデザイン変わったり事もあるけどさ。
でも、内容、表装など全てがピタッとはまっている本に出会えると、その本が愛おしいものになるんだよな。読み終わった後に、「あ、びっときた!」ってな感じで。 

文庫になっちゃうとそれが無い。キャンペーンとともに表紙がコロコロ変わったりするしねえ。文庫は電子書籍に近いのかもしれない。そうなると、かさ張らない分だけ電子書籍が有利になる。

ただ文庫にも一つ有利というか、不便さが逆に本の良さをを味わえるものがある。単行本にも言えるけど。

それはページをめくるという事。そして残りのページ数がぱっと見て分かるという事。

本当に面白くて、愛おしい本なんかは、読んでいる時に残りのページが気になる。「あー、あとこのくらいでこの本を読み終えてしまうのか」という惜別の感覚。俺は本当に好きな本は、終わりが近づくとあえて読まなくなったりする時がある(笑)しばらく置いてから、「さて、読み終えるか」と、コーヒーなどを煎れてお菓子を食べてから読んだりする。

それはきっと楽しくて仕方がない旅とか学校生活なんだろうなあ。帰宅する前や卒業する前の一抹の寂しさ。その先に新しいものが待っているのは分かるけど、その本と分かれてしまう事の寂しさと言うべきか。「あーこの主人公や登場人物ともしばしお別れか」と思ってしまう。そういった本はすぐに読み返したりしないからな。だって、卒業してすぐの同窓会とかってなんか気まずいじゃん(笑)

電子書籍はパーセンテージやグラフで残りのページが出てくるんだけど、実際の厚みとかが無いから、質感というものを感じられないんだよなあ。「あ、終わっちゃった」って感じで余韻がないんだよなあ。

また例えちゃうけど、本を読むのって食事に似ているんだよね。知識を得るためにガツガツ喰う日常食と、たまーに贅沢をしてみたくって、料理の出る順番とかお店の作りとかの雰囲気を味わう贅沢食

体に悪そうなジャンクフードも食べたくなるし、健康に良さそうなものも食べたくなる。くだらない本を読みたい時もあるし、哲学書とかを読んで浸りたい時もあるって事なんだろう。

技術書は知識を詰め込むための本は、電子書籍でいいんだろう。俺の場合。本に書き込んだする機能もあるし、検索とか楽だしね。

そんな感じで、俺は使い分けていこうかなっと。そう考えると芥川龍之介とか夏目漱石の最初の単行本とか読んでみたいな。青空文庫で読んでいる感覚とはまた違った体験をさせてくれそうだなー。


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